君がここで笑うシーンが

いや、答えなんかはいいんだ ただちょっと

落語「せくしいぞおん、10さいになる」

さあてさて、みなさんどうもこんばんは。つぐみ亭たまねぎでございます。いやあ、立派な薔薇が咲いてますなあ。薔薇園で落語をやらせてもらえるなんて、なんと雅な。25歳の誕生日のプレゼントだと思って、一席設けさせてもらいます。

 

今日お話するのは「せくしいぞおん」って話なんですけどね、とりあえずその前に最近のわたしの困りごとを一つ聞いてほしいんでありますよ。悩みなさそうだよね、とかよく言われますがんなことありません。むしろそれを言われることが悩みですとはよく言ったものでして。わたくし最近変なじいさんが夢に出てくることが多くて悩んでるんですよ。そのじいさん、変な帽子かぶってすやすや寝てるわたしに言うんです。「ユー、ショーリは元気かい?」って。はて、と思うじゃないですか。見知らぬじいさんが口を開けば「ショーリ」「ショーリ」とそればかり。ショーリってのは誰だい、って言えばね、「ユーには絶対教えてあげない」って言うんです。まったく、お前なんか13月を探しに行ってしまいたまえよ。わたしゃ最近胃もたれ腰痛おまけにおひとつ膀胱炎。三十路を控えて不調のオンパレード、怪しいジジイに構う暇があったら体を治したいんでありんすよ。

さあてそんなこんなで話は江戸と明治の境、血洗島の端、わたしの他にもこの夢を見たって人がいるんだから驚いた。江戸の端の問屋にフウマって名前の商人の息子がおりまして、どうやらそのフウマってのがその夢を見たらしい。しかもある秋の夜から毎晩毎晩、たまったもんじゃありゃしない!それだったら服が溶けた方がマシだあってフウマは思ったわけでして。だけども風通しよくスースーできる衣類はできても服は溶けないし夢は変わらない。ある時困っちまったフウマは、三軒隣のぶえもんっちゅう茶屋でその夢の話をぽろっとしたわけだ。毎晩毎晩変なジジイがショウリを探せショーリを探せ、うるさいのなんのって。武衛門茶屋の次男坊、ソウはそれを聞いてうんうん考えた。じゃあトンビにお菓子をあげたらいいんじゃない!?と導き出した答えにフウマは団子を落として大騒ぎ。なんだそりゃ、だいたいそんなに簡単にトンビは来ないだろ!ええ、きたよお。僕こないだお団子とられちゃってさあ。ソウの答えにフウマはまあたお前はすぐ危険なことする!って怒ったんだな。なんせこの2人、巷じゃ兄弟、フウマとソウだからフマソウなんて呼ばれてたわけなんですよ。悩んだこのへっぽこ兄弟は考えた。よおし、とりあえずまりうすのとこさいくんだべ!だんべえだんべえ!なんて調子で、2人は店とかぜーんぶ無視して江戸さ向かったわけで。

あ、そうそう。まりうすってのは江戸と血洗島のちょうど間くらいにあるとこに暮らしてる、西洋文化に詳しい聡明なお兄さんのこと。渋沢っちゅうこの辺で有名な商人の息子も頼りにしているとかしていないとか。まあとにかくこの兄さんさ、なーんでも知ってるって有名なんだ。だけども頭がいいかわりに時々河原でばげっとおとかいうかってえかってえ古米さ潰したのを叩いてるっつう噂もあるとかないとか。とにかくまあ、ふたりはまりうすに夢占いってのをしてもらいにいったんだ。前にフウマがまりうすから聞いたのをちゃんと覚えていたんだってよ。

「…なあにそのおかしな夢」

ところが、最近だあいすきなソウがなかなか遊びに来なくてちょいと拗ねていたまりうすは夢の話を聞くだけ聞いてこう言ったっきり拗ねちゃった。困ったなあ困ったなあと2人は考える。こまったなあ、こまったなあ、こま…こま……こわいなあ、こわいなあ、こわいなあ…「昔々、ここらで長谷部っちゅう翁が」ああ大失敗、何を思ったかフウマが突然怪談話始めちゃって、まりうすはますます不機嫌になった。このままじゃあ埒があかねえなあ。そう思ったフウマは、最近の流行り病にならぬように玄関の扉さそおっと開いたってわけ。

そおしたら驚いた!!でっかいトンビがすうすうって入ってきて、そのまんまソオの持ってた五平餅持って飛んでったんだあ。それを見たまりうすとフウマは大爆笑。ソウだけが「僕の五平餅かえしてよお」って泣いていたとかいないとか。

とにかくまあ、ありえないと思ってたトンビのおかげでまりうすは喜びそおかけまわり、フウマはこたつで丸くなる。すっかり機嫌を直したまりうすは、水晶で夢占いをしてみた。そおしたら見えたんだ!江戸城で微笑む美しい男が!!しかも後ろの掛け軸に「サトウショウリ」とデカデカ書いてある!

3人はなあんにも考えずに江戸城さ急いだ。夢のことしか考えてなかったから、今の江戸が結構危ないこととか、普通の商人が江戸城になんか入れないこととか、すっかり忘れてたわけだ。

 

からんころん、からんころん。一方その頃、遠い砂漠の星の向こう。だだっ広い場所で、噂のサトウショウリは寝転がってたんだって。ひとりぼっちで、手に薔薇を片手に。そこはもはや地球でもない場所で、ただただぼけっと空を見ていた。なして彼がこんなところに1人でいるかと言うと、まあ話し出すと長くなるんだけども、彼は存在証明をするかしないかの選択をしなきゃいけなくなって、自分を選んだんだわな。彼はもともとせくしいぞおん、って名前のアイドルだったんだけども、いろんなこと、まあ人の焦りだとか怒りだとか、そういうことに塗りつぶされちゃったりなんかして、自分たちのことを語り継ぐか、それとも全部なかったことにするかを選ぶことになったんだとよ。そんで彼は、迷わず選択肢に自分を加えた。自分が犠牲になるから、名前を語り継いでほしい。自分が犠牲になるから、なかったことにはしないでほしい。そんなわけで掲げられた3つ目の選択肢で、彼は今ここに1人で寝ているわけだ。

あれはなかなか大変だった。みんなショウリが希望だった。だけど、だからこそショウリはもがいた。希望というのは時にサンドバッグになっちまう。世の中ってのは優しくないんだな。

でも、と砂に混ざって時々香る甘い匂いを感じながらショウリは思うんだ。5人分の生きた証がちゃんと残っているから。それでいい。

 

話はにやかな江戸に戻る。意気揚々と江戸城に向かっていたへっぽこ3人組、あろうことか徳川家茂のお付きの者と喧嘩して捕まっちまった。江戸の町が今すさまじく物騒なことを忘れていたもんだから、ついいつもの調子で3人でちょっかい掛け合って遊んでたらやらかしちまったんだなあ。ああなんて運がない!!

「…キクチ」

ああ裁かれる、そう思って顔をあげたら目の前にいたのはフウマのよく知るケントだったんだ。ちなみにこの2人、幼馴染なのにもう5年は冷戦やってて口を聞いちゃいない。最近は顔も見てなかったからフウマは血洗島から江戸に出たケントが大岡裁きのケントなんて呼ばれるすっげえやつになってたことを知らなかったんだ。ケントは大層喜んだ。キクチがオレにあいに来てくれた!!まあ実際はちょっかいかけあってたらたっけえモノを壊した大罪人としてここにいるんだけど、ケントにはそんなことよりキクチが自分にあいにきてくれたってことの方が大事だったんだ。

「流れ星がおちてきたから無罪!」

歴史に残る恩赦で3人は解放された。フウマは2人と一緒に、ケントとの久々の会話を楽しむ。ケントが三杯目のがつがつ油そばを食べていた時、フウマはふと思い出した。

 

そうだった。江戸には、探し人がいて!

 

かくかくしかじか、フウマはケントに説明をする。夢を見たんだ。変なじいさんが、ショーリ、ショーリって。

ふうむ。ケントは考える。江戸城のショーリ。聞いたことがあるような、ないような。

 

おめえ、いつまで油そば食べんだ?

うめえもんはやめられないからなあ。

さすがに食べ過ぎだろ…

あはは、前にも誰かに言われ、

 

カタン。ソウが飲んでいたくりいむそおだのスプーンが落ちる音がして、ケントはふと首を傾げた。ありゃ?誰に言われたんだっけ?

 

 

「ね、ケンティさ、野菜もとろうよ」

 

 

キクチ、オメエ、オレのとこケンティって呼ぶやつ知らねえか?

なんだあその名前の呼び方。

わからん、ハイカラな呼び方だろうとは思う。

んだなあ。だいぶハイカラだ。

 

2人がむくむく食べていたら、後ろからそおがばかでかい声で叫んだんだ。すっげえ!!なんだあの赤い花!!!!!

 

ソオチャン、あれはバラだよ。

へえ、バラ!いいなあ、おれもみたい。あの屋台どこいくんだろ。

どこだろねえ。追っかけてみようか。

うん!!

 

末っ子ふたりにゃ驚かされる。うかうか甘味を食べてたらもう外にいっちまった。困った困った!!

 

まってえ、バラ!

待て、まつしま!!

 

お互いに追っかけっこして、4人は江戸の町をかけぬけた。

 

 

 

さあて、ここまででピンと来たお客さんも多いと思うんだなあ。そう、これは500光年くらい遠い地球って星のスーパーヒーローの話だ。せくしいぞおんが地球からきて、この星を耕したことくらいみんな当たり前に知ってんだよな。知らねえやっちゃよっぽどの不勉強。

だけども、この先は人によって言うことさ違うんだべな。たとえば、この後4人は鬼ヶ島にたどりついたとか、たとえば、そもそもせくしいぞおんの話っちゃ吟遊詩人の書いた嘘っぱちだとか。わたしが小さい時にゃショーリは王様で、4人の盗賊と友達になったんだって習ったもんよ。そんでまあその盗賊の服が溶けるとか、白良浜で国を再建するとか、面白おかしく聞いたもんだよねえ。

 

そんでまあ、今日はつぐみ亭たまねぎ流のせくしいぞおんの話をさせてもらいますよお。

江戸の町を駆け抜けた4人は、神隠しにあって、ショーリと過ごした日々のことを思い出すんだ。そうだ、いつも5人だった。ショーリは優しくて、強くて、芯があるやつだった。それで、真ん中でいつだって、凛としていた。

迎えに行こう、と彼らは決めた。ショーリを迎えに行こう。あいにいこう。

 

ショーリにあえたのは、せくしいぞおんが怪しいジジイによって作られた日からちょうど10年の日だった。その日、砂漠には朝から立派な薔薇が咲いたんだそうな。

 

最初に砂漠に咲いたのは青い薔薇。まっすぐな薔薇。次は紫。気遣いの薔薇。その次は緑。優しい薔薇。最後はオレンジ。希望の薔薇。

 

そんで、真ん中に咲いたのは、赤い薔薇。強さの薔薇。どんなに砂をかけられても、どんなにサンドバッグにされても、折れずに咲き続けた赤い薔薇。

 

最初はジジイが薔薇を植えろといったから植えたけど、気付いたら自分たちで植えられるようになった。時には強すぎる祈りの雨が降ったし、時には豊作を焦りすぎたせいか砂まじりの風が吹いたけれど、彼らが自分たちで植えた薔薇は、いつまで経っても枯れずに咲き続けたんだそうな。枯れても、咲き続けたんだそうな。寄り添うように、いつまでも。

 

さあて、今日の小話はここまで。つぐみ亭たまねぎはそろそろ高座を降りることにいたしましょう。ええ?その薔薇は今どうなってるかって?やだなあ。見えてるじゃあないですか。あなたのすぐそばに。いつだって大事なものは目の前にあるって、あなたがそう言ったんでしょう?思い出した?それは僥倖。15年前のことを忘れないでちょうだいよ。

 

さあさあ、そろそろ本当にしまいますよ。なにせ、今日はお誕生日祝いをしなきゃいけませんからね。強く優しくあたたかな子達のために、今日くらい願わせてくださいな。今日くらい、いつもありがとう、これからもよろしくねって、願うことを許してちょうだいな。

 

勝利の先にある健やかで聡明な、爽やかな風が葉を揺らす未来に、ともに参ろうぞ。

それではこれにて今日の小話、おしまいおしまい。